イスラエル野球紀行 第15回

 2007年6月に中東の地・イスラエルでプロ野球が始まったのをご存じでしょうか? 『野球小僧』では昨年9月10日に発売された07年10月号の「ワールドベースボールレポート」にて、シーズン中に現地へ赴いた石原豊一氏によるのレポートを紹介しました。
 ただし、ページ構成の都合で掲載は1ページ。そこで、石原氏が誌面に書ききれなかった道中の体験を「イスラエル野球紀行」としてご投稿いただきました。
 現在はそれをもとにして、当ブログにて週1回のペースで連載しております。今回は15回目。我々日本人には、大変遠く感じる中東・イスラエル。開幕したプロリーグとは、実際どのような雰囲気だったのでしょうか?

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■ラストゲーム(8月14日 ベトシェメシュ・ブルーソックス対テルアビブ・ライトニング戦[テルアビブ・スポーテック])~その2

       
3Aのプレー経験もあるフランコ

 テルアビブの一塁走者が牽制で刺されてチェンジになったとき、バッターボックスで一体何をやっているんだという表情で立ちすくんでたのは、3番打者のフランコ。ショートを守るこの選手は、ドミニカの野球選手の名産地サンペドロ・マコリスの出身だ。この町からはあのサミー・ソーサも出ている。彼は48歳で今なおメジャーで活躍しているフリオ・フランコの親戚だそうだ。まあ、一族郎党に野球選手のいない人はいないという町柄だから、これも決して驚くことではない。
 フランコは94年にフロリダ・マーリンズと契約。99年には3Aまで昇りつめたものの、故障で夢潰え、ここ3年はイタリアでプレーしていたという。このリーグについては友人から聞き、ドミニカでのトライアウトを受け、はるばるイスラエルまでやってきた。

イスラエル野球紀行
2008/01/29 21:31



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