イスラエル野球紀行 第12回 2007年6月に中東の地・イスラエルでプロ野球が始まったのをご存じでしょうか? 『野球小僧』では昨年9月10日に発売された07年10月号の「ワールドベースボールレポート」にて、シーズン中に現地へ赴いた石原豊一氏によるのレポートを紹介しました。
ただし、ページ構成の都合で掲載は1ページ。そこで、石原氏が誌面に書ききれなかった道中の体験を「イスラエル野球紀行」としてご投稿いただきました。
現在はそれをもとにして、当ブログにて週1回のペースで連載しております。今回は12回目。我々日本人には、大変遠く感じる中東・イスラエル。開幕したプロリーグとは、実際どのような雰囲気だったのでしょうか?
イスラエル野球紀行の過去の記事は→こちら
■最後の夜(8月13日ネタニア・タイガース対テルアビブ・ライトニング(スポーテック))~その4
監督の挨拶
宴もたけなわになった頃、バラン監督が一同に呼びかけた。
「おーい、みんな集まってくれ」
そこいら中に散らばっていたいた選手たちが監督の前に集合、芝生の上に座り込んだ。
「この2ヵ月、みんなありがとう」
まずは、感謝の言葉から監督は切り出した。この野球の普及していない国に、突如として立ち上がったプロリーグの監督に就任した彼の気苦労は、きっと言葉では言い表せられないだろう。コロコロ変わるスケジュールに、世界の様々な国から集まる選手。ロクにチーム練習もないまま突入した前途多難なシーズンであった。
こんな手探り状態の2ヶ月は、決して短くはなかったはずである。それでも彼がこの大役を引き受けたのは、生地アメリカのナショナルゲームを「祖国」に伝えたいという情熱があったからに違いない。ユダヤとアラブの流血の惨事が続くパレスチナで警官をしているよりも、よほどやりがいがある仕事ではなかったか。
そんな監督の口から出る言葉を、選手たちは皆神妙な顔で聞いている。あるものは北米から「異文化体験」をしに、あるものはラテンアメリカから生活の糧を得るため、またあるものは日本から「プロ野球選手」という夢を叶えにこの地に集った。
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